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2015.09.17

ギリギリで車検をとおっている人たちへ

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今日打ち合わせから帰ってきたらどうにも体調が悪かった。

頭はぼんやりするし、身体も妙にだるいのだ。鼻水も出るし、これは風邪のひきはじめかと思い、体温計で熱を測ってみたが、36.3℃で全く異常はない。

じゃあ一体なんだろうと、体温計を眺めていたらふと、小学生の時、体温計を擦って仮病を使ったことを思い出した。

今になって疑問に思うのは、母には熱などないことがばれていたはずなのに、なぜ学校に行きたくない理由を遠回しにでも息子に尋ねなかったのかということだ。原因はあったはずだ。私自身、なにがイヤで学校をさぼろうと思ったのか特別に憶えていることはないから大したことではないと思うが、問いただされた記憶もない。

原因。原因のわからない体調不良が今ここにある。大人なので自分で対処しなければならない。

疲れがたまっている、というと簡単だが、それほど疲労感もないから決め手に欠ける。もしそうならブログなんか書いていない。たとえ疲労していたとしても、具体的に疲労している箇所があるはずだ。家のどこかの柱を白アリが齧っているから体調が悪いのである。サイボーグなら異常のあるパーツをセンサーで感知して眼前に警告表示が浮き出るかもしれないが、生身の人体はそうはいかない。

理由はわからないが、どこかが故障している。そういう状態だ。

世の中には体調を崩しやすい人、というのが少なからずいる。私はおそらくそこに当てはまらない。現時点ではどう考えても健康には恵まれている方だ。ただ子供の頃はおそらくそうだったので気持ちはわかる。この「体調を崩しやすい人」という認識は非常に厄介で、車であればギリギリで車検をとおっており、飛行機であればギリギリで修理持越しOKということなので、「正常」と判断される部類に入る。問題は、人体にはいまだに理由のわからない細かいトラブルが無数に存在するという点だ。そして明白なことに、私たちには車にはない心がある。

生まれ持ったものを変えるのは難しい。そこで行動や環境を変える必要が出てくるのだが、現実問題、空気のよいところで長期間静養するなどという極端な対処をとれる人は稀である。むしろそれは修理というよりは、車検を受けずに私道でゆるゆると運転するのに似ている。

私たちの多くは、生きるためにちゃんと道路を走らなければならない。時には超高速でハイウェイを走らなければならない。多少オイルが漏れていようと、タイヤの空気圧が減っていようと走らなければならないのである。

だが車検をとおっているのなら走れるはずだ、という認識は間違っている。ハンドルがべとついていたり、シートから不快なにおいしたり、ちょっとミラーが曲がっているだけでも、とてもじゃないが走行不可能なこともあるのだ。なぜって、私たちは車ではない。新車に買い替えることも不可能だ。

いまもって体調は悪い。とりあえずビタミン剤を飲んではみたが、改善しない。再度熱を測ってみたところ、全く変わっていなかった。でも明日も明後日もこの身体で走らなくてはならない。

ギリギリで車検をとおっている人たち、一緒に頑張ろう。止まることができなかったとしても、後ろから煽ってくるような車がいる交通量の多い道路を避けることはできるはずだ。

 

 

2015年9月の最近あった良いこと――
島での夏休み。船に乗ってて思ったのは、やっぱり地球はでっかい水たまりだということ。

書いている人:アジナリスタ石井
東京都杉並区を拠点に活動しているフリーランスのWebデザイナー
特に知的・インテリ系のウェブデザインが得意。情報サイトの設計・制作が好き。

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